ぱち、と眼が覚めて。
ここがどこだか考える。
明らかに自分とは違う香り、空気・・・部屋の汚さ。
微かに聞こえた音に導かれるように、暗い部屋のドアを開けると。
「おぅ。起きたか。」
おそらく一年のうち一番よく見ているだろう顔が見えた。
低めのヴォリュームで流れるR.KERRYに、
音を消したテレビには、青いフィールドと、男達。
未だ抜けないアルコールに思考を邪魔されつつ、
ここは彼の家だと理解する。
「今、何時?」
「2時。」
「・・・なんで俺、ここにいるの?」
そう。何故ここにいるのか。
記憶が確かならば、彼は仲間たちと飲んでいた。
所謂『お付き合い』の飲み会にはオネーチャンなんかも沢山いて。
ああ、飲みすぎたんだな、と。
そして朧気に、彼が送ってくれると言ってくれたような記憶が・・・
「てつ、俺のこと送ってくれるって言ってなかったっけ?」
なんで俺、てつんちにいるんだろう?と首をかしげる彼を見て、
村上は溜息をひとつ。
そしてにっこりと笑って
「黒沢。なんか飲むか?」
水とか飲んで少し酔い覚ませー、と笑った。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、渡す。
それを一気に半分以上飲んで、ふうと息をついた黒沢に
「酔い、醒めた?」
にっこりと問われて、こくんと頷いた。
そっか、と彼が頷いて。
「壊れるまで飲むんじゃねえ!この馬鹿!」
防音完備のマンションでよかった、と思えるでかい声。
「オマエな。飲むのはいいのよ。楽しい酒をさ。」
だけどいい年こいて自分の限界こえるってどうなのよ。
「それもよりにもよってあんな飲み会で・・・」
オマエが壊れてくれたおかげで逃げる口実になったけどよ、と
村上が息を吐いた。
「あ、そっか。だから送るって言ってくれたんだ。」
でも、なんでおまえんちなの?
「タクシーの中で爆睡するからだろうが!」
耳がきいん、となるほどの大きな声。
ああ、こりゃ相当迷惑かけたなあ、と思うと共に
自分を見捨てずにここまで連れてきてくれたことが嬉しかった。
『あんな飲み会』。確かにそうだった。
付き合いだ。接待だ。大人の事情だ。ろくなもんじゃない。
苛々するから飲んだらこんなことになったのだ。
「大体な、オマエもあんなくだらない質問にまじめに考えるなよ。」
めーわくかけて悪かった、と謝ったらそう返されて。
記憶を辿って思い出す。
「なんか、本当に皆さん仲いいですよねー。」
きゃぴきゃぴとそう言われて曖昧に笑みを返す。
「恋人よりも仲いい感じですよー。」
メンバー内恋愛なんてあったりして。
・・・なんだなんだ。何を言い出すんだこの娘たちは。
人間酔うとなんでもありだな、と呆れながら彼もグラスを煽る。
ヤロー同士でそんなに仲良かったら怖いよ、と苦笑しつつ答えれば。
「ねえ、黒沢さん。」
例えば、村上さんとだったらキス出来ますか?
そんな質問が飛んできて。
普通だったら酔った席でのヒトネタになるのだろうが、
彼にとっては冗談になどならなかった。
あの唇に触れたいと想ったことは、幾度となくあったから。
「ったくよー。俺たちは別にホモでもなんでもないっつーの。」
彼の言葉が胸に刺さって我に返る。
なあ?と同意を求められて、酷く苦しくなった。
そうだよねえ、と笑って返せばそれで終わるはずの会話なのに。
どうしてもそれができなくて。
「でもさ。」
俺、てつならキスできるなあ。
ふざけた口調で、笑顔を絶やさなかったのは、必死の抵抗。
零れ落ちそうになる本音を、必死に押しとどめる。
ばーか、と笑ってくれればいい。
そうしたら、この話はただの『腹の立った飲み会』で終わるから。
だけど彼は。
「は?オマエ何言ってんの?」
酔って適当なこと言うんじゃねえよ、と
どこか冷えた口調でそう言った。
適当なんかじゃない。
何も、知らないくせに。
俺の何もかもを、否定しないで。
胸が痛くて。
止まらない。
「適当なんかじゃないよ。」
ほんとだよ、と低く告げればマジ?と返ってくる。
頷いてそれに応えたら、
「オマエ、男が好きなんだっけ?」
と戸惑った声が返ってきて。
「違うよ。」
きっぱりと返した。
「別に、男が好きってわけじゃないんだ。」
てつなら、嫌じゃないって思った。
「・・・ちがう。そうじゃなくて、ええと・・・」
俺、てつがいいんだ。
「・・・酔ってんのか?」
「酔ってるよ。でも、自分の言ってることくらいわかってるよ。」
・・・ほんとは酔っ払いの戯言って、今も、明日からも
ごまかせばいいんだろうけど、と続けて俯いた。
零れた言葉は嘘じゃない。
言うつもりがなかっただけで。
言えない、と思っていただけで。
さすがに後悔した。
いくらなんでも言うべきじゃなかったと。
こんな想い、密やかに燻らせていればいいだけの話だ。
自分が本当に欲しいものとは違っても、傍にいることは叶ってる。
必要とされている。
同じ夢を見て、濃密な時間を過ごして。
だけどそれでも。
欲しいものがその先にあった。
零れた言葉に嘘はなかった。
「・・・酔った戯言じゃないんだよな。」
静かな、深い声。
長いこと、一緒に唄ってきた声。
彼が一番好きな声。
この声が、自分にとって絶望的な言葉を紡ぐのだろう。
耳を塞ぎたくとも塞げない。
大人しく、彼の声を聞くことしかできない。
短い沈黙。
俯いて声が降って来るのを待っていた彼の顎をぐい、とあげて。
掠めるように彼の唇に自分のそれで触れた。
思考がぴたりと止まったように、ただ村上を見つめる彼に、
小さな目を細めて柔らかく笑う。
てつ?と小さく呼ばれて。
ぎゅう、とその身体を抱きしめて。
「好きだ。」
と告げた。
それは、彼等が今まで紡いだどの歌よりも拙くて、幼くて。
だけど、どんな言葉にも勝る告白。
そのたった三文字の言葉が、黒沢の身体中を駆け巡って。
少しずつ心と身体にぬくもりを伝えてゆく。
漸く思考が心に追いついた彼が最初に放った言葉は
「み、みみみ皆にばれたらどうするの!」
だったものだから、村上は苦笑を禁じえない。
「別にあいつらなら問題ないだろ。」
酒井あたり、理解が一番ありそうだ。
「せ、せせせ世間にばれたら。」
「堂々と歌で惚気られるな。」
何一つ迷いがないようにきっぱりとそう言う彼に、
何故かこちらが動揺する。
「でも、俺女じゃないし、ええと・・・」
「あーもう。ごちゃごちゃうるせえな。」
覚悟なんて、お前を好きになった時にとっくにしてるよ。
「いいから変わらないで傍にいろよ。」
そんだけでいいから、と強く抱き締められて。
幸せすぎて眩暈がする中でこくんと頷いた。
「・・・他に質問は?」
ふざける様にそう問われて。
「・・・ええと・・・」
もう一回、キスして、と小さく言ったら。
「了解。」
嬉しそうな声と一緒に柔らかい唇が彼に触れた。